一文の中で同じ語句の繰り返しが嫌われることについて各言語の事情を知りたい
@cormojs エスペラント:同じ語根(語幹みたいなもの)の繰り返しは比較的気にしない:kune kun (together with)とかが普通に使われる。
語尾変化に例外がないため、語尾変化に依存して韻文が作れてしまう。あんまりにも手抜きの場合は adasismo(-ad-asの反復) と言われ嫌われることがある。
@tsainiao ふむふむ。日本語だと「踊りを踊る」とかもよくありますねそういえば。
@cormojs あと一応、文章にまったく同じ単語が散らばって反復して出てくると工夫がなさそうでつまらないので、言い換えるとかの工夫はします。
@tsainiao 逆接が連続するのはどうなんですかね。普通に考えたら論理がよくわからなくなるのでどの言語でも避けそうな気はしますけど。
@cormojs それは何が言いたいかが極端にわかりにくくなるのでエスペラントでは無理です。厳密には逆接は論理要素じゃなくて、例外を示すことで前段に欠陥があることを示そうとする意図を表すと思うんですが、ひとつひとつ検討していかないと、どの欠陥をどう修正すべきだと言うのかわからない。だから逆接の連続は、正しいとしても意図が伝わりはしないはずです。
@cormojs 簡単な例なら伝わると思います:「飛ぶなら翼があり、翼があるなら鳥であり、ペンギンは鳥である、しかしペンギンは飛ばない、しかし翼がある。」これは、まず飛ばない鳥、そして、飛ぶのに翼があるものの想定を要求しています。
@cormojs エスペラントはそういう文は分かりやすく作れます。逆接を示す接続詞sedと、但し書きを記す副詞tamenを使い分けます。「ペンギンは鳥である、しかし(sed)ペンギンは飛ばない、ただし(tamen)翼がある」
@tsainiao なるほどにゃあ。単純に不適切な文と言っても色々な「不適切」の階層がありますね。
@cormojs うん。これなんかの課題かにゃ?
@tsainiao や、僕が「〜けど〜けど」というパターンをよくやらかすので気になってただけw
@cormojs 「しかし……つまり……ただし……(キリッ」の形に変形するといいよ。がんばって「つまり」節を挿入するのが重要。